China South Trip 2006

Thursday, April 13, 2006

北京に戻る

3月16日(木)
昨夜、北京に到着。北京は、楽だ。何でもある。珈琲もおいしいし、五道口のまわりは、韓国料理、日本料理、イタリアンと何でもそろっていて、どこも清潔で、ウェイトレスも愛想がいい。南はずっと天気が悪く、雨ばかり降っていたから、北京のかっらと晴れたひどい乾燥気候さえ、とてもすがすがしく感じてしまう。

今日は、後海にある宋慶齢の故居へ。ここは、もともとラストエンペラー、溥儀の生家である。宋慶齢が、亡くなるまでの18年間を過ごした家で、彼女の生涯を展示する博物館である。とても見ごたえのある博物館で、宋慶齢の一生がよくわかる。自分の一生を中国の為に捧げた、偉大の中国の母である。

後海の氷はすっかり解けて、1ヶ月半前にここで、アイススケート(というより、アイスサイクリング)をしていたなんて信じられない。2週間の中国旅行南部版も終わった。明日は、ママを空港に送って、私も帰国の準備をしなければ。ごくろうさま。

人民公園


文珠院の後、タクシーで人民公園へ。ここは入場料無料だ。中は、上野公園みたいだ。市民の生活がよくうかがえる。しかし、平日の昼間だというのに、若い人の多いこと。無職なのかよくわからないが、若い子から、いい大人の男までたくさんいる。この公園の、茶館がいいとガイドブックに書いてあったのでいって見たが、屋外で庶民が麻雀、トランプをしている。お茶は席料らしく、とりあえず有名な竹茶を頼んだ。その、まずいこと。ただの草(竹の芽?)にお湯をいれただけだ。苦いだけで、ちっともおいしくない。

チャリン、チャリンと後ろから音がするので、ふりかえってみたらぎょっとしてしまった。耳掻きやの男で、でっかいピンセットを腕に何本かぶらさげて、これまた大きな綿つき耳掻きを振って、耳掻きしないかとしつこい。消毒していない、なんとも不潔な道具を見て、気分がわるくなってしまった。客があまりいないのか(当然だろう)、商売道具のピンセットで自分の耳をほじっている。ああ、不潔。あんなのやったら、病気がうつっちゃう。やはり中国は、衛生観念がおくれているというか、全くないというか。。経済を急速に発展しているが、唾をペッペそこらじゅうに吐いたり、列にならばなかったり、基本的な身だしなみがなっていなかったりと、エチケットの面ではまだまだのようだ。

文珠院の亀


文珠院には、池がいくつかあったが、亀が異常繁殖しているようだ。せまい池の中で、亀が何十匹(もしかしたら、100匹いたかも)も、首を伸ばして日向ぼっこしている光景はちょっと気持ち悪かった。。

成都 最終日



3月15日(水)
今日で成都も最後。文珠院 と人民公園へ行くことに。文珠院は、有名な仏教寺院だ。寺院の門前には、こじきがいっぱい。拝観者に、かなり強引に物乞いをせがむので怖い印象を受けた。しかし、中はとてもきれいに掃除されていて、建物も立派だ。ここは、修行僧も多い。寺は外にいるこじきたちを受け入れているのか、一応助けてあげているのかよくわからないが、熱心な信者を見ながら、中に入れないこじきを思うと、矛盾を感じる。どうも、仏教寺というのは、本当に困っている貧乏者には冷たいという印象をもってしまう。

寺の中に、有名な精進料理の店があるというので、そこで昼食をとることに。精進料理といっても、しっかり肉、魚のメニューもあったが、服務員のお薦めをいくつか注文した。味は、とてもおいしく、今回の旅行でいちばんおいしい料理だった。

タクシーの運転手さん、ごめん。

夕方前に成都へ着いた。バスステーションでは、タクシーの取り合いで、大通りに出て、タクシーを拾おうとしたら、ちょっとした事件が。やっとタクシーがつかまったと思ったら、どうやらここでは車は止まってはいけないらしく、どこからか見張りをしていた警察が私たちのタクシーの前を通せんぼ。運転手は、‘zao le, zao le (しまった、しまった)’とぼやいている。ママが、さっさと逃げようと言い、私たちは、小さな通りへ逃げた。見た感じ、人の良さそうな運転手さんだったので、悪いことをしたなと思う。

夜は、近所のピザ屋で食べた。ここは、ウェイトレスの女の子もていねいで、味もおいしかった。こういうところが、若い人にうけて、これからふえていくであろう。




楽山大仏

これが、世界遺産の楽山大仏。全長71m。とにかく大きい。
ガイドさんいわく、大仏を支える下の土が腐ってしまい、崩れる恐れがあるため、来年から大仏をケースで覆うことになったとのこと。その前に見ることができて、我々はラッキーだった。しかし、大仏の全体を見るために階段を下がって、再び登らなければならない。これが結構せまくて、急で、ママにはきつかった。


この像は海通法師。大仏の彫られた崖は、二つの河が交わる地点で、事故が頻繁に起こっていました。漁師の安全を願って、海通が713年(唐代)に大仏を彫り始めたのが始まりらしい。完成までに90年かかり、3代の法師たちが建設にかかわったそう。


ママのお気に入りの北魏時代に作られた像。北魏の作品は、緩やかなカーブが特徴だそう。



登りましたこの階段。仏教で縁起のいい数字(173だったか、183だったか)のぶん段があるとのこと。結構、急でした。この大仏は、1992年に建てられた新しいものだそう。


他にも、素敵な仏像や壁画がたくさん。


真ん中の仏像は唐代の女帝、則天武后がモデルとされていいる。端正な顔立ちが美しい。


横たわった大仏:ここ8年くらい前に地面から浮き出てきたらしい。

楽山

3月14日(火)
今日は、ちょっと遠出をして、楽山へ。楽山は、中国でも有名な、仏教山で、全長71mのがけに彫られてつくられた大仏は世界一大きいとのこと。ここも、世界遺産だ。成都から、頻繁にバスが出ていて、2時間くらいで行ける。着いてみたら、あららっと言っているうちに、いつのまにかツアーに入れられてしまった。 公共バスに乗っていたのに、ガイドさんが何人か乗りこんでいて、まるでハイジャックにあったようだ。私たち専用にガイドさん一人がついた。ガイドブックが書かれてから、状況が変わったのか、今は、楽山大仏の他に、たくさんの古い、新しい大仏をまとめて大きな公園にしているようだ。入場料は、公園35元、楽山大仏70元、全部で105元と高いが、その価値は十分ある。ここで食べるよう案内された、食堂が安くておいしかった。珍しい。観光名所って、決まって食事が高くてまずいのに、ここはちがう。

大仏公園は、とても大きくて、ガイドさんがいてよかった。たとえ、説明がよくわからなくても、案内なしではどうまわっていいのかわからず、とまどっていたところだ。ガイドは地元の女の子で、彼女も仏教徒。楽山は、仏教徒が多く、ここのお寺は、中国でもとくにご利益があるとのこと。目玉は、71mの世界遺産の大仏だったけれど、他にも、立派な大仏がさくさんあって、来た甲斐がある。

Tuesday, April 11, 2006














武候词はとても大きく、庭も立派。桃の庭園もあって、春はすぐそこまで来ている感じ。となりの少吃 街で、ちょっとつまみ食い。

武候词


三国志の登場人物が祀ってある。ちょっと、読んでみないと誰が誰だかいまいちよくわからないねえ。

青羊宮


このヤギのような動物は、老子が化けたものらしく、十二支全部の動物の特徴をもっているとのこと。

Friday, April 07, 2006

成都 3

3月13日(月)

今日は、天気が回復して、青羊宮と三国志で有名な武候词 へ。朝寝坊してしまったので、観光前に、有名な陳麻婆豆腐店へ。地球の歩き方には、辛くない麻婆豆腐も頼めると書いてあったので、‘ブーヤオ、タイラーダ’と言ったら、おばちゃんがむっとしたように、‘麻婆豆腐っていうのは、辛いんだよ。辛くない麻婆豆腐なんてあるわけないだろ!’と怒鳴られてしまった。悪い人じゃないと思うけれど、もうちょっと愛想よくしたら、自分にとっても相手にとってもいいと思うんだけどねえ。仕方ないので、その辛い麻婆豆腐と担担面と銀耳を頼んだ。麻婆豆腐は、辛さを通り越して、舌がびりっとしびれる。担担面と銀耳は、昨日行った龙抄手 の方が、ずっとおいしい。名前だけで、味はたいしたことないか。担担面の下のたれは辛いので、上から少しずつ麺を食べていると、例のおばちゃんが、‘それは、しっかり混ぜて食べるんだよっ!’とちゃちゃを入れてくる。私たちの方をちらちら見て、どうやらじれったいらしい。

青羊宮は、ローカルのおじいさん、おばあさんがたくさんいた。どうやら、道教のお寺のようで、信仰心あつい信者がよく来るようだ。しかし、ここは、おじいさん、おばあさんが誰かれかまわず、‘カーッ、ペッ!!’とそこらじゅうにつばを吐きまくっているので、心が清まった気がしない。

武候词は、立派な建物で、庭も美しい。三国志の登場人物の像が祀ってある。武候词iの横の通りは、有名な少吃 通りらしく、中国スナックがたくさん売っている。焼き鳥みたいなのがあったり、まんじゅう、せんべい、肉まん、あげぱんetc と豊富だ。

杜甫草堂



成都 2

3月12日(日)

天気はよくないけれど、とりあえず、杜甫草堂へ。入場料が60元もしたけれど、庭がすばらしい。とてもきれいにしてあって、京都みたいだった。とても素敵なところなのだが、とにかく寒い。今日はさっさと帰ることにした。昼は、どこも食べるところが見つからず、結局、ローカルピザ屋で妥協。メニューは中国語しかなく、苦労した。ああ、今日はすべてうまくいかない。こんな日ってあるのよね。

ホテルで休んで、夕飯は少吃で有名な龙抄手へ。ここの少吃が安くてうまい。坦坦面(味付けの濃いソースの上に麺がのっている。お箸でよくかき混ぜて食べる。)、銀耳(甘いかんてん)、ワンタンスープ、餃子といろいろ頼んで、たったの15元。ここの、坦坦面と銀耳はとってもおいしかった。

成都

3月11日(土)

成都は、桂林がら飛行機で2時間くらいで着く。今回を、飛行機の旅なので移動が楽だ。しかし、中国の飛行場というのは本当に何もなく、ろくなカフェがない。あったとしても、食堂がコーヒーを売っているだけで、その値段が、40元、50元とばかにしたようにとてつもなく高いのだ。(左の写真は、成都行きの飛行機を待つママ。もう何回も飛行機に乗ってるから慣れた?)

夕方、成都へ到着。雨が降っていてしかもかなり寒い。陽朔が暖かかったから、この寒さはきつい。ホテルの近くにある中山広場に真鍋珈琲を発見。以前、西安でいったことがある珈琲店だ。きれいで、店員の応対もよく、いい印象がある。いざ入ってみると、成都の真鍋珈琲は、どうもすさんでいる感じだ。陽朔があかぬけていたせいか、成都は、中国南西部最大の都市といっても、どこかばたくさい感じだ。


今晩で陽朔ともお別れ。陽朔は、もう一度来たいと思わせる、のどかでいい町だ。緑があふれていて、果物、野菜、魚が獲れて、とても豊かな印象を受ける。こんなバーやカフェがたくさんあるから、食べ物を注文するのは楽だし、センスのいいお土産やさんも多い。ママは、リネンのテーブルクロスを300元で買った。

明日が、タクシーで桂林の空港まで行って、そこでいよいよ最終目的地の四川、成都へ。


Tuesday, April 04, 2006

いかだで河下り

3月10日(金)
今日は、いかだで河下り。朝、黄小姐が迎えにきて、河の上流まで車で向かう。河の上流は、本当に田んぼの真ん中にあって、とてものどかな風景。大根の花と菜の花が咲き乱れていて、とてもきれい。まさに、春爛漫の世界だ。お弁当をもってピクニックしたくなる。竹できたいかだにのっていざ出発。舵取りのおじさんは、この村の農家の人。ジョークがおもろしい。のんびりして気持ちいい。河にも、屋台(いかだの上で)がたくさんあるのだ。さすが中国人。どこでも商売するこの根性。野菜、魚のてんぷら、果物、飲み物を売っている。魚は、自分が河でとったものだ。私たちも、サツマイモとにんにくのてんぷらを買ってたべた。1串、2元。

下流へ行くと、大手の旅行会社のいがだ乗り場があったが、私たちみたいに、人の少ない上流からゆっくり河くだりするほうが風情があっていい。2時間あまりかけて、河くだり終了。終わる前に、舵取りのおじさんが、‘ちょっと、これをつけたふりしてくれ。’と、オレンジ色の救命用具を投げよこす。なんとかつけようとすると、‘ああ、いい。どうせそんなの役にたたないんだから。この辺は、警察がみはってから、今だけちょこっと胸の前においてくれりゃいいの。’なるほど。

















最後に月亮山(山の中に穴がある)見て、ホテルへ戻る。

ちょっと休憩して、夜は张艺谋が演出した刘三姐を見に行った。どうやら、刘三姐とは壮族(中国少数民族の1族で漢民族の次に多い。大部分が桂林のある広西地区で生活している。)に伝わる伝説らしい。刘三姐とは、刘家の3番目の娘という意味で、彼女はひばりの生まれ変わりと言われ、小さい頃から歌がうまかった。刘三姐の美しさと才能の評判をきいて、地元の権力者が彼女を妾にしようとする。彼女が拒否すると、今度は彼女を殺そうとする。彼女の恋人と村人が、彼女を助けようとし、結局、恋人二人がひばりに姿をかえ、二人は永遠に自由を手にいれることができたという話だそう。

张艺谋は、陽朔のすばらしい山と河の景色を舞台に、ライトと色をうまく使って、幻想的なパフォーマンスを演出した。これは、絶対見るべし。写真には取れなかったので、DVDを参考に。





しばらくして、水岩に到着。ここは、陽朔で一番大きな鍾乳洞らしい。入場料が128元とかなり高かったが、黄小姐が、見る価値はあるというので、見てみることにした。鍾乳洞は 巨大で日本のとはスケールがちがう。確かに一見の価値ありだ。

はじめ、ボートに乗って鍾乳洞に入っていく。頭を低くしないと、真上の岩にぶつかってしまう。結局2時間半くらいかけて見学することに。それでも、全部は見れなかった。

陽朔 2


3月9日(木)
今日は、陽朔近辺を探索することに。某旅行会社の女の子、黄小姐がとても感じがよかったので、彼女の提案をきいて今日は自転車で近辺を探索することに。水岩と月亮山をまわることにした。ママは、彼女と二人乗り、私はその後を着いていくことに。

今日は天気がとても良く、陽朔の田舎景色は、山水画に出てくる山々がならび、そのふもとには、大根の花、菜の花畑が一面に広がっていて、とてもきれいだ。まさに、‘春のうららの~’という感じ。あいにく自転車をこぐので精一杯で、写真は取れなかったのだけど。唯一、ママの自転車に乗った証拠写真をここに記載。

雨がやんでから、再び町へ。歩いてみたら、15分くらいで繁華街にでることができる。陽朔の町は、西街というメインストリートが中心になっていて、そこは外国人バックパッカーがぞろぞろたむろっている。カフェ、バー、お土産屋が石畳のストリートに軒並み連なっている。珈琲もあるし、ピザ、スパゲティーとウエスタンメニューも豊富だ。バックパッカーたちが、長居するのもうなづける。

夜は、近くの屋台で食べることに。ホテルの前には、ずらーっと‘啤酒魚’という看板が並んでいる。夜になると地元の人でにぎわっている。どうやら、ここの土地の料理らしく、自分で魚を選んで、その場で調理してもらって食べるというものだ。味付けは、全部この啤酒魚らしく、ビールをベースにしょうが、唐辛子、ねぎと魚を混ぜて炒めたものらしい。毛骨魚(なんといも恐ろしい名前なのだが)がいいというので、それとご飯を頼んだ。魚のごった煮のようなものが、でっかいほうろうの皿に入ってでてきたが、食べてみたら意外においしかったのだ。それにしても、豪快な屋台だ。調理場は全部外にあって、河からとってきた魚を、河べりにビールケースのようなケースに入れて並べてある。そこから魚をつかんで、調理場でぱっと料理して、もってくるだけなのだから。しかし、シルクロードに比べると、食べ物は豊富だ。あそこは、羊とスイカくらいしかなかったから。海からとても遠いので、魚を食べる習慣は全くないのだから。

陽朔のホテルの部屋からの眺め

陽朔

陽朔に着いたとたん、雨がざーっと降りだした。皆、それじゃ元気でねとあわただしくさよならを言って、それぞれの目的地へ。しかし、陽朔は小さな町なので、その後もよくばったりでくわすことに。
旅行会社の人に、車でホテルまで送ってもらった。このホテルは、河の目の前で景色がいいらしい。部屋は、まあまあだけれど、確かに眺めは抜群だ。